ありのままの自分を生きることの大切さを教えてくれたプリンス。

プリンス論。

面白くて2日で読んでしまった。

Purple Rain、Around the world in a day、Parade、Sign of the timesと約1年ごとに革新に満ちたPOPな超傑作を出し続けた80年代。

例えばもしあの頃に急逝したりしていたらもっと一般的にも認知された伝説のアーティストになったことだろう。

(当時のあまりの勢いにジミのようにあっという間に逝ってしまうのではないかと思ったが幸いそうはならなかった)


実際Purple Rainは売れに売れてアメリカでは社会現象とまで言われた。

マイケルより(またはマイケルと同じように)売れた年もあったのだ。

レコード会社の忠告に従い、セールスを考えてリリースタイミングや作品のサイズをコントロールしていたらもっともっと売れたのかもしれない。

それでもプリンスはアーティストが音楽作品を出したい時に出したいように出すという姿勢を貫いた。


次々にリリースされる前作とは全く違った音楽性のアルバム。

2枚組、3枚組も多く、5枚組アルバムがリリースされたこともあった。

そのペースは音楽的にもセールス的にも下降線をたどった時でさえ変わらなかった。


ギター、ピアノ、ベース、ドラム、すべての楽器がプロフェッショナルの世界でも最高レベルの腕前。

作詞、作曲、アレンジとなんでもこなし、ダンスも最高。

あまりのマルチプレイヤーぶりと過剰で奇抜な衣装やイメージ、エロティックすぎる歌詞やパフォーマンス、そして超多作。

それが器用貧乏的にプリンスの音楽を広く伝えにくくしてしまった面もあるのかもしれない。

この本を読んであらためてそう思った。

それにしても多作過ぎて売れないって。


Purple Rainの大ヒットの後、ツアーでもっと引っ張ってもっと売ることもできだろうに10か月のインターバルで全く違った趣の次のアルバムを出して、セールス的には激減。

レコード会社ともめるのもよくわかる。

十分売って、次はまだか?となった頃に同じ路線のアルバムを出す。

レコード会社はそうオファーするはずだ。

しかしプリンスはそれをしなかった。


ビジネス的には不器用な展開だったけど次々と繰り出されるイノベーティブな新作に「プリンスはいったいどこまで行くんだ?!」と興奮したあの数年は今でも忘れられない。

当時のコアなプリンスファンはみんなそういう体験をしたはずだ。


個人的には、鬱で実家にひきこもっていた当時、毎日何回もPurple Rainのレコードをかけてギターを弾いていたのを思い出す。

孤独なアーティストの魂と共鳴したのだろう。

あのレコードにはとても助けられた。


初来日公演も僕が体験したライブとしては5本の指に入るほどの最高のライブパフォーマンスだった。

   

とにかく自分を貫き通したプリンスの半生はそれ故、不運だったことも多い。

それでもビジネスよりも、名声よりも、ありのままの自分を生きるといういちばん大切なことをこの天才すぎるアーティストは教えてくれている。


久々にインディペンデントからメジャーに復帰してこれからも楽しみだ♪

Coo's Ownd

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