Coo

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今度はおかあさん方からの感想!

3月に中部の小学校で読み聞かせと唄、そして面白楽器の紹介をしました。その後はおかあさん方、読み聞かせボランティアの方々とゆんたく会も。その時の感想をいただきました!僕はこどもたちのためというよりも、自分が一番楽しいことをやっているだけなんだけど、有り難すぎるお言葉をいただいて感激です。ありがとう〜♪  『Cooさんの読み聞かせは聞いている人をとてもひきつける力があり、また選んでいる本にもとてもCooさんの気持ちが込められていることに改めて感動しました』 『初対面の子どもたちともすぐにうちとけているCooさんのパフォーマンスはとても素敵でした。子どもたちも大人もとても楽しめた様子がうかがえてよかったです。パフォーマンスが終了したとき、一人の子が言った「あーおいもてんぷら食べたくなった〜」が最高のほめ言葉でしたね(笑)子どもたちのメッセージもとどけてもらって感激しました。今回はCooさんのお話も聞けて良かったです。いつかまたCooさんのパフォーマンスききたいです。もっとたくさんの子どもたちにきかせたいですね。』 『自然体でやさしく語りかけるように絵本を読むCooさん。珍しい楽器、そして今朝できあがったばかりというステキな歌に私達大人も魅了され、リラックスし、楽しい時間を過ごせました。気がついたら皆笑顔になっていましたね。』  ゆんたく会の感想『Cooさんの読み聞かせを始めたきっかけ、どのような気持ちで読み聞かせをしているのか、Cooさんの熱意に子供達に対する深い愛情を感じることができました。私も読み聞かせを通して子供達にもっと愛情が伝えられるように色々と工夫、意識して本を読んでみたいと思いました。』 『本当にやりたい事に確信を持って生きていけるって素敵ですね。力まず、諦めず、楽しみながらやっていこうというメッセージをいただいた気がします。』

読み聞かせの感想をもらった☆

3月のとある日。中部の小学校に読んでいただき、3年生のクラスで読み聞かせと唄を唄ってきました。初対面のこどもたちなのでどうかな〜、リラックスして聞いてくれるかな?と思ったけど廊下で待っている間にすでにこどもたちがワクワクして待っている感じが伝わってくる。選んだ絵本は「とべバッタ」読み聞かせが終わるとこの絵本に関連した僕のオリジナル曲「つばさがあるのに飛べないつもり?」を唄う。つばさがあるのに飛ばないつもり?つばさがあったらいいのになんて自分のつばさに気づいてごらん自分の力を信じてごらんひょうたんのウクレレとマスクメロンの四線を紹介して続いて「てんぷらぷらぷら」初めて聞くはずなのにみんな笑顔で聞いてくれてよかった〜。中には笑うのを必死にこらえてるこどももチラホラ。笑あっという間の15分が過ぎる。授業の一部を使っての読み聞かせだったので名残惜しいながら教室を出ようとすると一人の男の子が「サインしてください!」すると「僕も!」「わたしも!」とあっという間に人垣ができてしまった。何人かにサインして「授業中だからまたね〜!」と教室を後にする。場所を移しておかあさん、読み聞かせのボランティアさんたちとゆんたくタイム。するとさっきのクラスのこどもたち数人が感想を綴ったものを持ってきてくれた!

波照間、竹富2016

島好きの心がフルに満たされた気がする。小さな離島が好きで、島に渡る船の時間が大好きで。波照間では昼間バイクに乗った後、暗くなった集落を散歩した。普段なかなか体験しない暗闇に深い安らぎを覚える。雲の間からはすごい数の星が見えた。実は思いの外寒かったことと、なぜか夜に仕事のアイデアが鮮明に浮かんできたので翌日すぐに家に帰ろうと思ったが、飛行機が3倍の金額になっていたので気をとりなおして竹富へ。晴れたこともあり竹富は暑かった。八重山での一番の楽しみは夜のゆんたく。竹富の宿には広々とした縁側があった。そこで泡盛の梅酒を飲みながら一人旅の4人で深夜までいろいろな話を楽しむ。みんなラフな格好なので普段何をしているのか想像がつかなかったが、いつかカフェをやろうとしている40代の麻酔科のドクター、30代の車のセールスマン、30前後と思しきOLだった。日常の世界は違っても話してみるとみんな八重山好き、離島好き、ゆんたく好きでいつか沖縄に住みたいと考えている。いろんな島の話、宿の話など口コミでなければ知り得ないものばかりで盛り上がった。僕からは住んでわかる沖縄事情を。ドクターはますます住みたくなったと言ってくれた。翌朝、集落を散歩する。まだ観光客もまばらで20年前に初めてきた竹富が蘇る。サンゴと貝の道、サンゴ積みの石垣、赤瓦の家々、咲き乱れる花々。ここでも心底満たされた気分になる。そしてすべてがここがスタートだったとも思えてくる。帰り際思い立ってグラスボートに乗ってみた。初めて見る海の中に感動。帰りの飛行機もJTAで、50前後のCAさんの気さくでありながらきめ細やかな気遣いに感動して、この機内も含めて八重山への旅の素晴らしさが心に刻まれることになった。十二分に充電して玉城に戻ると島好きの僕はすぐに奥武島を一周。笑家に帰ると玄関先にカブトムシが2匹待っていた。

ありのままの自分を生きることの大切さを教えてくれたプリンス。

プリンス論。面白くて2日で読んでしまった。Purple Rain、Around the world in a day、Parade、Sign of the timesと約1年ごとに革新に満ちたPOPな超傑作を出し続けた80年代。例えばもしあの頃に急逝したりしていたらもっと一般的にも認知された伝説のアーティストになったことだろう。(当時のあまりの勢いにジミのようにあっという間に逝ってしまうのではないかと思ったが幸いそうはならなかった)実際Purple Rainは売れに売れてアメリカでは社会現象とまで言われた。マイケルより(またはマイケルと同じように)売れた年もあったのだ。レコード会社の忠告に従い、セールスを考えてリリースタイミングや作品のサイズをコントロールしていたらもっともっと売れたのかもしれない。それでもプリンスはアーティストが音楽作品を出したい時に出したいように出すという姿勢を貫いた。次々にリリースされる前作とは全く違った音楽性のアルバム。2枚組、3枚組も多く、5枚組アルバムがリリースされたこともあった。そのペースは音楽的にもセールス的にも下降線をたどった時でさえ変わらなかった。ギター、ピアノ、ベース、ドラム、すべての楽器がプロフェッショナルの世界でも最高レベルの腕前。作詞、作曲、アレンジとなんでもこなし、ダンスも最高。あまりのマルチプレイヤーぶりと過剰で奇抜な衣装やイメージ、エロティックすぎる歌詞やパフォーマンス、そして超多作。それが器用貧乏的にプリンスの音楽を広く伝えにくくしてしまった面もあるのかもしれない。この本を読んであらためてそう思った。それにしても多作過ぎて売れないって。Purple Rainの大ヒットの後、ツアーでもっと引っ張ってもっと売ることもできだろうに10か月のインターバルで全く違った趣の次のアルバムを出して、セールス的には激減。レコード会社ともめるのもよくわかる。十分売って、次はまだか?となった頃に同じ路線のアルバムを出す。レコード会社はそうオファーするはずだ。しかしプリンスはそれをしなかった。ビジネス的には不器用な展開だったけど次々と繰り出されるイノベーティブな新作に「プリンスはいったいどこまで行くんだ?!」と興奮したあの数年は今でも忘れられない。当時のコアなプリンスファンはみんなそういう体験をしたはずだ。個人的には、鬱で実家にひきこもっていた当時、毎日何回もPurple Rainのレコードをかけてギターを弾いていたのを思い出す。孤独なアーティストの魂と共鳴したのだろう。あのレコードにはとても助けられた。初来日公演も僕が体験したライブとしては5本の指に入るほどの最高のライブパフォーマンスだった。   とにかく自分を貫き通したプリンスの半生はそれ故、不運だったことも多い。それでもビジネスよりも、名声よりも、ありのままの自分を生きるといういちばん大切なことをこの天才すぎるアーティストは教えてくれている。久々にインディペンデントからメジャーに復帰してこれからも楽しみだ♪

ジョンとヨーコ。

昨日、DVD「ジョンレノン、ニューヨーク」を観た。奇しくも明日は12月8日。きっかけはピーターバラカン氏が「イギリスのマスメディアの影響でオノヨーコには良い印象を持っていなかったけどこのドキュメンタリーを見て見方が変わった。やっと彼女を理解できた」と語っていたから。僕もこの映像を見て少しは二人のことを理解できたかなと思う。それにしてもやはり波乱万丈の人生だったんだなと思う。ニューヨークに移っての数年間のことやヨーコと離れてのLA生活など知らなかったことも多かった。その波乱万丈ゆえ、ショーンとの平穏で幸せに満ちた育児生活、そしてダブルファンタジー発売までたどり着けて本当によかったね、と思う。僕もこどもを授かって大きく変わった。こどもを持つってこんなに素晴らしいことなのだと初めて知った。(こどもを持たない方もまた別の素晴らしい人生があるのだと思います)自分の可能性がせばめられるかと思ったら逆に広がった。なんで誰も教えてくれなかったんだ!と思った。笑もし僕にこどもがいなかったら全く別の人生になっていたことだろう。(日本が少子化なのは日本人がこどもより自分が好きだからだと言っている人がいる。一理あるかもしれない) さて、ジョン・レノンもボブ・マーリーも素晴らしいアーティストだった。彼らの音楽の輝きはいつまでも色あせない。でも今は2015年。今は今の新しいメッセージが必要なはずだ。誰かをリスペクトするならまず自分自身をリスペクトしなくてはいけない。私は素晴らしい!心からそう思えなくては、いくらアーティストや偉人をリスペクトしてもしかたない。尊敬するのは自分自身から。文句を言いたいならそれも自分自身へが最初だ。自分自身に不満があるから代わりに他者を攻撃したくなるのだ。    それにしてもジョンとヨーコ、素敵なカップルだったね☆ WomanやStarting overもやっぱりすごく素敵だ。

童神

童神。昨日は古謝美佐子さんのコンサートで大好きな唄をたくさん聴けた。素晴らしい声だった。古謝さんの後ろ姿は神々しくてちょっと人間離れしていた。笑(特に髪が)12年前、長男が0歳の時にある沖縄の神人さんと出会い、洞窟に入った。洞窟の奥でひとりひとりにメッセージをくれるという。ただし言葉で説明するとその言葉にとらわれてしまうから唄を唄ってあげると。僕に唄ってくれた唄は、童神だった。長男も生まれたし、こどもたちのことに関心はあるけどどういうことだろう?ぼんやりとそんなことを思った。12年経った今、まさにここ数週間思っているのはこどもたちに絵本を読んだり、お話したり、一緒に唄を唄ったり、今はそれだけでいいかなということ。僕はアコースティックギターも好きだけどエレキギターがもっとずっと好きで、自分では弾き語りは苦手でバンドじゃないと楽しめなくて、ステージやスポットライトのある場所が好きだった。客席と段差があってスポットライトがあるとお客さんの顔がよく見えないしすごくリラックスして演奏できる。ステージも大きければ大きいほどなぜかリラックスできる。ところがこどもたちの前では、エレキじゃないとかバンドじゃないとか、ステージがどうとかそんなのはどうでもよくなってしまって、こどもたちが喜んでくれること、表情が変わる瞬間、そして話しかけてくれることが何より嬉しくてこれ以上至福の時はないんじゃないかと思ってしまう。バンドでやりたいけど、エレキギターやアンプは持ち運ぶのに重い、バンドの運営はスケジュール管理も収支も大変、演奏できる場所が限られる、といった葛藤から解放された。もちろんタイミングが合ったときにはバンド演奏もしたいけどそれはいつでもよくて、葛藤がないというのは素晴らしい。洗濯もするし(もちろん洗濯機だけど。笑)夕飯のおかずは長男のリクエストに応えて作ることも多い。(現在二人暮し)そんな母親的な役割もこなす中で、僕もこどもたちに童神を唄ってあげるときは父親とか母親とかそんなボーダーを超えて唄えるようになった気がする。